Search
ブラステック白山
NEW
Alto Saxophone SX90R Black Nickel
温もりのある表情豊かな音色、クリアで深い響きと美しい外見で奏者の個性を際立たせます。
Sold Out
Review
クラシックからジャズまで、あらゆるスタイルの音楽に対応する豊かで芯のある音色が特徴です。低音域におけるレスポンスの良さと豊かな音色を実現する太いキュラソー(U字管)とビッグベル、タンポの耐久性と密閉度、キイ・アクションの静寂性を高め、トーンホールひとつひとつにベルのような効果を持たせるトーンホール・エッジ・リング、高さ調節が可能な左手スプーン・キイ(D、E♭、F)、G#キイの張り付きを防ぐため、キイを持ちあげる構造となっているG#キイ・リフティング・メカニズムなどを備えています。
異なる仕上げは視覚的に美しいだけでなく、それぞれ音色に魅力的な特徴があります。
"SX90R”ブラック・ニッケルめっき仕上げは、サクソフォーンの品質とパフォーマンスにおける新たな基準を確立しました。
ブラック・ニッケルめっきの管体にゴールドラッカー仕上げのキイが採用され、細心の手彫り彫刻が施されています。
▼JULIUS KEILWERTHの歴史
1873
のちに成功を収める木管楽器ブランド〈ユリウス・カイルヴェルト〉の創設者である、ヨハン・バプティスト・カイルヴェルトがこの世に生を受けました。この時代、サクソフォーンは未だ発達途中の楽器でした。
1903
ヨハン・バプティスト・カイルヴェルトは、グラスリッツの木管楽器職人フィンツェンツ・リードルに弟子入りしました。
1908
ヨハン・バプティストはズデーテン地方(現在のチェコ共和国の一部)の木管楽器職人、フランツ・ザンのもとに移りました。 この地方の美しい渓谷は“Klingende Taeler”(共鳴する谷)と呼ばれ、様々な種類の楽器ブランドの発祥の地でもありました。 ヴァイオリン、ホルン、木管楽器、ハーモニカ、アコーディオン、そして玩具までもがこの地で多く生産されていたのです。
1914
ヨハンの息子、ユリウス・カイルヴェルト(1894-1962)は、1900年にサクソフォーンの製造をいち早く始めた〈V. F. Kohlert& Sons〉で働き始めました。 第一次世界大戦の兵役後、彼はクラリネットの製造職人フレデリック・シマーのもとで、楽器の製造に携わりました。
1920
ヨハン・バプティストは、自営業でのクラリネット製作を開始しました。彼の四人の息子、ヨーゼフ、リヒャルト、ユリウス、マックスもまた木管楽器製造の技術を学んでいます。ユリウス・カイルヴェルトは、マルクノイキルヒェンでサクソフォーンを製造していた、アドラーから得た部品でサクソフォーンを組み立てる仕事を請け負っていました。
1925
この年、〈ユリウス・カイルヴェルト〉ブランドが設立されました。質の高い製品は大成功をおさめ、1930年にはグラスリッツに新しい工場と自宅を建設しました。1937年まで猛威を振るった経済大恐慌にもかかわらず、〈ユリウス・カイルヴェルト〉は事業を拡大し続けました。
1938
〈ユリウス・カイルヴェルト〉の工場はドイツ最大のサクソフォーン製造工場となり、雇用者は150人にものぼりました。記録では、2024本のサクソフォーンが22の国に輸出されています。
1945
第二次世界大戦のドイツ敗戦により、旧チェコスロヴァキアに居住していたドイツ人は、土地も家も奪われ強制的にズデーテン地方からドイツへと追放されました。歴史上最大級の民族移動ともいえる、1600万人もの難民が事実上何の通達もなしに、手で持てるだけの所持品のみを持ち、住み慣れた地を去る事を余儀なくされたのです。非常に困難な時代で、もともとドイツに住んでいた住人はすでに飢え、おびえきっており、自国へ流れ込んだ難民達に強い拒否を示したのです。 ドイツ人難民達は、まず居住区が必要でした。家族が再び集い、職人達がお互いを探し出し、そして楽器製造を再開するための工場を立ち上げる過程の前には、安定を取り戻さなければなりませんでした。 いくつかの楽器製造会社は、バイエルン州に設立されました。しかし多くはフランクフルトの近くのナウハイムに集中していました。 またこの影響で楽器産業は、イギリス、スウェーデン、オーストリアにも派生したのです。
1946
ユリウス・カイルヴェルトとその一家はナウハイムに移住しました。まず楽器の修理業を始めるにあたり、パン屋の洗面所を仮の作業場としました。 〈ユリウス・カイルヴェルト〉は、新しく1947年1月19日に登記され、その2年後には新しい工場と自宅が建設されました。約80人の職人がこの新しい施設で働いていましたが、そのうちのほとんどはグラスリッツ時代からの古い雇用人たちでした。 ここでは、サクソフォーン、トランペット、トロンボーンが生産され、またあらゆる管楽器の修理も行なわれていました。
1962
会社を創立したユリウス・カイルヴェルトが68歳で死去しました。グラスリッツの音楽学校で学び、木管楽器製造の技術を父の工場で習得した息子のヨーゼフが、〈ユリウス・カイルヴェルト〉ブランドの後継者となりました。
1965
〈ユリウス・カイルヴェルト〉は、アメリカの演奏家、作曲家、そして楽器製造販売者でもあったハーブ・コーフとの提携を始めました。ハーブとヨーゼフ・カイルヴェルトは、この後1987年まで続く同意書にサインをし、これにより〈ユリウス・カイルヴェルト〉は、米国市場向けに設計された仕様のサクソフォーンを〈ハーブ・コーフ〉のために製造しました。 これらのモデルは“H. Couf Superba I”、“Superba II”、そして“Royalist”として現在でも知られています。 数年のうちに〈ユリウス・カイルヴェルト〉のサクソフォーンは、最高峰の楽器として奏者達に認識されるまでとなり、1965年には5万本目となるサクソフォーンが販売されました。 その後1970年には〈ユリウス・カイルヴェルト〉は、サクソフォーン製造に特化したブランドとなりました。
1989
〈ユリウス・カイルヴェルト〉はブージー・アンド・ホークス・グループの一部となり、ヨーゼフの二人の息子 ゲルハルトとヨッヘンの下、40人の職人が働いていました。 この年には“SX90R ”サクソフォーンが市場に紹介されました。
1996
〈ユリウス・カイルヴェルト〉“SX90R”テナー・サクソフォーンが、ドイツで最も権威ある音楽誌、FACHBLATT誌の読者投票「最も愛された木管楽器」部門において、一位を獲得しました。
2015
「永遠の情熱」と「革新への挑戦」。 2015年、〈ユリウス・カイルヴェルト〉は90周年を迎えます。
※こちらの商品はお取り寄せになります。
▼ご購入後も安心!

▼分割払いをご希望/ご検討のお客様
下記のバナーをタップしてください。

【オンラインストアご利用ガイド】
お支払方法やお届けまでの流れ、送料について等、オンラインストアをご利用いただくにあたってのご案内はこちらをご覧ください。
▼詳しくは下記画像をクリック

★楽器の買取、下取り…大歓迎です★
「使ってない楽器がある」「新しい楽器を買うために楽器を売りたい」そんなあなたに朗報です!
Brasstekではネットで楽器の買取を行なっております。
技術者がいるから自社整備ができる。
自社整備が出来るから整備費を削減できる。
整備費を削減できるから高価買取できる。
▼詳しくはこちらをCheck!

Specifications
| メーカー/機種 | |
| JULIUS KEILWERTH // Alto Saxophone SX90R Black Nickel | |
| コンディション S【新品】 | |
| 調子(Key) E♭ | |
| ネック 材質/仕上げ | |
| 真鍮、オリジナル・ブラック・ニッケルめっき、クリアラッカー塗装 | |
| 管体 材質/仕上げ | |
| 真鍮、オリジナル・ブラック・ニッケルめっき、クリアラッカー塗装 | |
| キイ 材質/仕上げ 真鍮、手工仕上げ、ゴールド・ラッカー塗装 | |
| バネ 材質 精密特殊加工スチール針バネおよび板バネ | |
| 付属品 | |
| ケース、マウスピース、リガチャー、 キャップ、リード、ストラップ、グリス、 クリーニング・クロス、スパナ |











